「温羅」と言ってもいったいどんな妖怪なのか知らない方も多いかもしれませんが、あの昔ばなし「桃太郎」の鬼のモデル、といえばなんとなく想像がつくのではないでしょうか?真っ赤で大きな怖い鬼・・・今回は、そんな温羅について掘り下げてみたいと思います。
「温羅」とは
温羅(うら/おんら)は、岡山県南部の吉備地方に伝わっている伝説の鬼のことです。
伝承によると、温羅は異国から吉備にやってきて鬼ノ城を拠点とし、その一帯を支配したといわれています。
目は野獣のように輝いていて凶悪な顔つきをしており、髭と髪は炎のように赤く伸びている異様な外見をしていたそうです。また、身長は四メートルを超えていて怪力の持ち主。
まさに「鬼」そのものの見た目だといえますね。
「温羅」の伝説
異国から吉備にやってきた温羅は、製鉄技術を吉備地域へもたらし、鬼ノ城を拠点として一帯を支配したといわれています。鬼に支配されてしまった吉備の人々はこの窮状を都に訴えました。都は武将を派遣しましたが、温羅にうまく逃げられて倒すことができませんでした。そこで今度は「五十狭芹彦命」を派遣することにします。
五十狭芹彦命は、吉備津神社を温羅討伐の本拠地として一本ずつ矢を放ちましたが、それに対抗して温羅は石を投げて矢を撃ち落としていきました。そこで今度は矢を二本同時に射たところ、そのうちの一本は温羅の左眼を射抜きましたが、雉に化けて逃げてしまったので、五十狭芹彦命は鷹に化けて追いかけました。さらに今度は、温羅は鯉に身を変えて逃げたので、五十狭芹彦命は鵜に変化して追いかけ、ついに捕まえることに成功します。
捕らえた温羅の首を落としたものの、その首にはずっと生気があるようでした。
時々目を見開いてうなり声を上げたので処理しようとしましたが、なかなかうなり声は止まず、長い年月の間、周辺に鳴り響いたということです。
吉備津彦命と温羅
温羅を討伐した五十狭芹彦命は、古代日本の第7代孝霊天皇皇子です。
『古事記』『日本書紀』によると吉備へ征伐に派遣されたとされています。
彼に討たれた温羅は降参し「吉備冠者」の名を献上します。そしてこれによって五十狭芹彦命は「吉備津彦命」と呼ばれるようになったということです。
討ち取られた温羅の首はその後13年間うなり声をあげていましたが、ある日、吉備津彦命の夢の中に温羅が現れ、温羅の妻の阿曽媛に釜殿の神饌を炊かせるよう告げます。そしてこのことを人々に伝えて神事を執り行ったところやっとうなり声は鎮まりました。このことがあってから、後年まで続く「吉備津神社の鳴釜神事」に至るようになったと伝えられています。
そして、この吉備津彦命の温羅退治伝説は、桃太郎の鬼退治の昔話の元になりました。
温羅が拠点としていた鬼ノ城も「鬼ヶ島」という名前に変わって話に出てきます。ということは、桃太郎は吉備津彦命がモデルになっているのでしょうか・・・。
まとめ
吉備を支配していた温羅と、討伐した吉備津彦命。二人のキャラクターもさることながら、その闘いっぷりも面白いですよね。
あの「桃太郎」の元になったということですから、温羅が日本における「鬼」の原型であり代表だといってもいいのかもしれません。